服部大次郎の日々雑感2024⇦2006

tomatotiger8.sakura.ne.jp

ロンドンの夜

夜、焼酎呑んで、映画見ながら、シリトーのい「漁船の絵」を読んでいたのだが、ふと、ロンドンの寒く怖い夜を思い出した。
1971年の冬だった。何月だったかは忘れた(調べれば判るけど)。真冬にはちがいない。
フランスのカレーから船に乗ってドーバー海峡を渡った。
リュック背負った(バックパッカー)流れ者にも(当時も)菊のご紋のパスポートは一発OKの強さがあった。
夜の海は何も見えない。デッキで会話する人たちの言葉が何語か判らない。
初めて聞くような言葉であった。でもよく聴いていると英語のようにも思えてきた。不安と期待で心は破裂寸前であるが、何があろうと前へ行くしかない。
イギリスのドーバーに着いた。どれくらい乗っていたかは、皆目判らない。
ただ夜が遅く、泊まるところがあるかどうかが最大の問題である。
フェリーから車が列を作って暗闇に消えて行く。だれか乗せてくれないかと親指を立ててもヘッドライトの車は先を急ぐ。
歩く人たちもいた。ボクも狼になって歩いた。
ドーバー駅に出た。屋根がある場所や乗り物に乗っているときは、瞬間でも不安の中に安堵がいた。
ロンドンに着いたのは夜の11時、いやもっと遅かったかも知れない。
地図もないまま(あっても夜だし役に立たない)ネオンサインの多い方へ歩いた。ネオンは点いているものの店は閉まっている。
歩いている人もいないような最初のロンドンであった。
開いてる安宿はないか、ひたすら歩いてはそれらしき建物を覗いた。
螺旋の階段を上がった。ドアが開いてる。中は真っ暗で、大いびきが聞こえるだけ。
階段を下りてまたロンドンを歩いた。雨のような雪が降ってきた。
人とすれ違うこともないようにロンドンは寝静まっている。
なつかしい場所のようにもう一度先ほどの螺旋階段を上がった。大いびきが聞こえるだけで、何の前進もない。
ネオン街を避け、野宿しようと街の裏側にまわった。
裏通りにも街明かりは届いており暗くはない。
川のそばに建築中の家を見付けるが、中へは入れない。
しかし、どうにかなるさ、夜が明けるまでの辛抱だ。
どんなにして入ったかは、憶えていないが、リュックとボクは建築現場に放置してあったドラム缶の中に入っていた。
寒さを防ぐには最小の空間がイイとおもったようだ。
ベニヤ板で蓋をして眠ろうとするが寒い。
そのうち近くでバイクの音がして男たちの騒ぐ声がする。
鼓動が鳴った。やばい。そばには川もある。菊のご紋もここでは効き目ないのか。息を潜める。
ドラム缶の内と外のボーダーは湾曲した一枚の鉄板。
内も外も事実、現実。「イージーライダー」に「真夜中のカウボーイ」。
ドラム缶の中は真実。外は虚構。ジャンクドラムの棺桶。
どれくらいの時間であったか、気を取り直すと辺りは静かになっていた。
恐る恐るドラム缶を抜け出たまでは憶えているが、その後どうしたのかまったく思い出せないでいる。
ふと目が覚めたように日本にいた。ATG佐賀の”平劇”で見たのがTH WHOの「時計仕掛けのオレンジ」であった。